音程が取れない事を認めるまでの日々

 高校一年生の時から歌手になるってきめたわけですが、

私が、初めて作詞をして人前で披露したのは、高校一年の文化祭でした。

それから四年間高校の文化祭でライブをやった。

進路を決める際は私は音楽の専門学校一択でした。

それが残念ながら叶わずに東洋大学に進む羽目になった。

もしもその時に専門学校に進んでいたら、二年間厳しい環境で過ごしていたら

もしかしたら音程が取れていたではないかはって思う。

東洋大学では芸術研究会に所属した。

初めて五千人の前で歌を披露して、今でも覚えているが、

大勢の人の前で歌う快感が気持ち良くて最高だった。

私が歌手になるために生まれてきたんだと実感した。

大学ではサークルのライブやライブハウスへの出演を経験した。

大学卒業後就職も無くて、家で歌の練習の日々でした。

両親や周りの方から音程取れてないって言われたが、

きっと私にあきらめさせようと思って言っているだけだと思って、

その事実を認めようと思わなかった。

葛飾区の就労支援継続B型に通う様になって、そこの職員

の音楽家の方に出逢い、その方にテストしてもらったら、

やっぱり音程取れてないって言われて、その時初めて認めざる得なかった。

それからその方に付き合って頂き、音程が取れるように、トレニングが始まったばかりです。

パソコンでドから高いドをランダムに並べて貰ってなんの音か当ててって言われたり、

二音並べて高い低いを当ててって言われたりしても、完璧に当てられない日々が続いている。

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